挨拶
張 遠帆
 浮世絵の基盤を引き継ぎつつ、西洋現代アートの理念と表現要素を積極的に融合させ、日本版画は近代から現代にいたる発展段階のなかで大きな変貌を遂げました。フランスのパリ博覧会に於ける偶然の出来事によって、浮世絵が西洋アート界に東洋美術を知らしめる風穴を開けたように、1950,60年代には日本現代版画家の作品が次々と国際的な版画展や美術展で賞を獲得し、今一度、世界の版画界がこのアジアの島国に熱いまなざしを向けることとなったのです。

 今日に至って、現代日本版画家たちの作品は国際展の中でも頻繁に見受けられます。表面的なことを言うなれば、それらはすでに伝統的な浮世絵とは大きく異なる様相を呈しており、テーマ・スタイル・表現方法から技術に至るまで浮世絵とは比べ物にならないほど多様性に富んでいます。にもかかわらず、我々は依然としてそこから(それが作品中に隠されたものであるにしろ、そうでないものにしろ)日本伝統文化の理念や美意識の浸潤を見出すことができるのです。こうした現代的な外殻に民族の精神を込める、或いは今日の土壌の中に脈々と文化の根を張らし続けるといった大変な作業は、同じようにいかに伝統から現代へトランスフォームするのかという課題に対して、大きな示唆を与えるものです。欧米化の風を受けて次第にそちらに流れつつある中国版画にとっては、とりわけ意義のあるものでしょう。

 こうした日本現代版画の作品が中国で見られる機会は決して多くありません。この得難い展覧会がよい影響をもたらしてくれることを願います。また、これを契機として日本と中国両国の版画交流の持続と更なる発展を切に願うものです。
2008年11月7日
中国美術家協会 版画芸術委員会副主任
中国美術学院版画系 主任教授
張 遠帆
三井田盛一郎
 この小さな文章をこんな引用から書き始めたいと思います。

 魯迅の版画によせた文章のなかでも「連環図画」に関する数篇は、ことに忘れがたい。北斎の富嶽三十六景や広重の東海道五十三次などは連作seriesだが、この種のものがある筋を追ってまとめられたばあい、「文字のない小説」などとしゃれた名前をもらいもするし、魯迅がいう「連環図画」にあたるのである。中国にもヨーロッパにもこの例が多いのは、魯迅の文章を読んでもらおう。それこそ文字なしで、人間どうし語りあえる大切な場ではないか。(小野忠重著「魯迅と版画(二)美術の革命」魯迅選集 第六巻 付録 岩波書店 1964.4)

これは、小野忠重が魯迅の版画観を論じた大変に激しい論考からの引用です。ただ、この一節には、魯迅の考えにも添いながら、とても優しいメッセージを感じます。日本での近現代版画は、明治以降に西洋の版画や浮世絵版画そして、魯迅版画を代表とする中国版画の影響を受けながら多様な発展を遂げてきました。それは様々な芸術ジャンルと呼応し結びつき、時には絵画や現代美術としての顔つきを持ち、時には文学や音楽と手を携えることもありました。しかし、紙を媒体とする印刷の技術、アイデアが中国で誕生して以来、版画がどんなに大きな芸術の領域に入ったとしても、様々な情報や価値を共有し運んで行く印刷メディアとしての記憶を残しているのだと思います。魯迅がいう「連環図画」を小野忠重は浮世絵の連作出版物になぞらえます。そこには、版画であるからこその喜びや感動の“共有”というイメージがあると考えます。

2008年11月7日
中日版画文化交流委員会
東京藝術大学 版画研究室
准教授  三井田盛一郎